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東京高等裁判所 昭和63年(ラ)570号 決定 1989年5月17日

抗告人

右代理人弁護士

小口恭道

相手方

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方の不動産引渡命令の申立てを却下する。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙抗告の理由記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  抗告人の抗告理由について

(一)  一件記録によれば、抗告人が昭和六〇年六月頃まで勤務していた日興重機建設株式会社(以下「日興重機建設」という。)の代表者A(以下「A」という。)は本件建物の敷地である東京都新宿区<以下省略>宅地一三五・九一平方メートル(以下「本件土地」という。)を昭和五七年九月三日買受け、同月四日所有権移転登記を了したこと、本件土地につき日本住宅金融株式会社は同月四日抵当権設定登記(原因同年八月二五日金銭消費貸借の同年九月四日設定、債権額三八〇〇万円)を、全国信用協同組合連合会は前同日抵当権設定登記(原因同年八月二七日金銭消費貸借の同年九月四日設定、債権額二〇〇〇万円)を各了したこと、Aは右同日以降同年一一月末日までの間に本件土地上に本件建物を建築し、同年一二月一五日所有権保存登記を了したこと、本件建物につき全国信用協同組合連合会は昭和五九年二月一五日抵当権設定登記(原因昭和五七年八月二七日金銭消費貸借の昭和五八年一一月二四日設定、債権額二〇〇〇万円)を了したこと、本件土地建物につき抗告人は昭和五九年三月三一日根抵当権設定登記(原因同月一四日設定、極度額五〇〇〇万円、債務者日興重機建設)を了したが、同年八月一〇日右根抵当権設定登記の抹消登記(原因同月九日解除)を了したこと、株式会社千葉相互銀行は同月一〇日根抵当権設定登記(原因同月九日設定、極度額一八七五万円、債務者日興重機建設)を、同年九月三日右極度額を七八七五万円とする変更登記を、同年一〇月一二日根抵当権設定登記(原因同月一一日設定、極度額三七五〇万円、債務者日興重機建設)を各了したこと、抗告人は同年一〇月三一日根抵当権設定登記(原因同月二四日設定、極度額五〇〇〇万円、債務者A)を、同月三一日賃借権設定請求権仮登記(原因同月二四日設定予約、本件建物について借賃四万円、本件土地について借賃一万円、本件土地建物につき存続期間満五年、特約譲渡転貸ができる)を了したこと、本件土地建物につき日本住宅金融株式会社は昭和六〇年七月一一日前記抵当権に基づいて競売申立(本件建物については民法三八九条による。)をし、同月一七日差押登記(原因同月一二日東京地方裁判所競売開始決定)が経由されたこと、抗告人は同年九月二八日前記賃借権設定予約のうち本件建物につき賃貸借の存続期間を満三年とする更正登記を了したこと、本件土地建物につき株式会社千葉相互銀行は昭和六一年七月二日前記根抵当権に基づいて競売申立をし、同月四日差押登記(原因同月二日東京地方裁判所競売開始決定)が経由されたこと、右競売手続において抗告人は入札価額を一億五一〇〇万円とする最高価買受の申出をし本件土地建物につき昭和六二年一一月四日売却許可決定をうけたが同年一二月一六日の代金納付期限を徒過し、さらに競売手続が続行され、Bは入札価額を一億六〇四四万円とする最高価買受の申出をし昭和六三年四月一二日売却許可決定をうけ、同人が同年五月一二日死亡し、同月二〇日の遺産分割により本件土地建物につき同人の権利義務を承継した相手方において同月三一日代金を納付し、本件土地建物の所有権を取得したものであることが認められる。

(二)  ところで、抗告人は、本件建物につきAとの間に成立した賃借権に基づき差押えの効力発生前から本件建物を占有している旨主張するのでこれについて検討するに、一件記録によれば、Aと抗告人との間にAを賃貸人、抗告人を賃借人として、本件土地建物について昭和五七年七月二〇日付賃貸借契約書(敷金三〇〇〇万円、賃料一か月五万円、存続期間定めなし)が、さらに昭和五九年一〇月二四日付賃貸借契約書(敷金三〇〇〇万円、賃料一か月五万円、存続期間満三年)が作成されていることが認められる。

しかしながら、一件記録からすると、抗告人はAが代表者である日興重機建設の従業員であつた者であり、もとAが所有する渋谷区千駄ヶ谷のマンシヨンに娘と共に居住していたが、一戸建に居住したいとの強い希望をAに伝え、これを受けたAにおいて本件土地を取得して本件建物を建築し、抗告人は娘と共に移居したものであること、建築当初から本件建物内にはAの荷物も置かれてあり、Aが頻繁に訪れていたこと、抗告人は昭和六〇年六月頃日興重機建設をやめ、同年一一月Cと婚姻し娘と共に田無市へ転居したが、本件建物内に家財道具等を残置し、Aの荷物も残存していること等の事実が認められ、このことから抗告人とAは極めて密接な関係にあつたものと認めることができる。

さらに、一件記録及び前示認定事実からすると、当初の賃貸借契約書の作成日付である昭和五七年七月二〇日にはAは未だ本件土地の所有権を得ていないし、右土地上に本件建物が建築されていなかつたのに、Aと抗告人との間に右賃貸借契約書が作成されていること、抗告人はAに対し、本件土地建物の取得、建築資金として約三〇〇〇万円、日興重機建設の運営資金として約一〇〇〇万円を貸与し、本件土地建物に関して貸付けた右三〇〇〇万円をもつて敷金に充当した旨述べるのであるが、右三〇〇〇万円と一〇〇〇万円の金員の出所は判然としないこと、抗告人は本件建物について全国信用協同組合連合会が抵当権設定登記を了した直後に根抵当権設定登記を了し、一旦これを抹消した後、株式会社千葉相互銀行が根抵当権設定登記を了した直後に根抵当権設定登記、賃借権設定請求権仮登記を了し、日本住宅金融株式会社の競売申立による差押登記が経由された直後に本件建物につき賃貸借の存続期間を満五年から満三年と改める更正登記を了していること、当初の昭和五七年七月二〇日付賃貸借契約書によれば本件土地建物の賃貸借の存続期間については定めがないのに、賃借権設定請求権仮登記では存続期間は満五年とされており、その後昭和五九年一〇月二四日付賃貸借契約書により存続期間は満三年と改められ、右のように本件建物についてのみ更正登記が了されたものであること、また昭和五七年七月二〇日付、昭和五九年一〇月二四日付各賃貸借契約書によれば無断譲渡、転貸禁止の約定がなされているのに、賃借権設定請求権仮登記においては譲渡、転貸ができる旨の特約があるとされている等契約内容と登記内容に齟齬が存すること、執行官が競売手続において昭和六一年三月二二日付補充報告書を作成するにあたり抗告人及びAから事情を聴取した際右両名は昭和五七年七月二〇日付賃貸借契約書とその内容について述べるにとどまり、昭和五九年一〇月二四日付賃貸借契約書とその内容について言及していないこと、本件土地建物の賃料は低額にすぎ、さらに抗告人は昭和六〇年一一月からは賃料を現実に支払わず敷金返還請求権と相殺していると述べているのであつて通常の賃貸借と形態を異にすること、抗告人は競売手続において一旦最高価買受の申出をし売却許可決定を受けながら代金納付期限を徒過したものであること等の事情を認めることができる。

以上認定の諸事実を勘案すると、抗告人が締結したと主張する本件土地建物についての賃貸借契約は、先順位たる第三者の担保権について執行を妨害する意図をもつてAとの間において締結されたものと認めるのが相当であり、このような賃貸借をもつて民事執行法八三条一項本文にいう「権原」に該当するものと主張するのは権利の濫用として許されないものというべきである。

(三)  以上により、抗告人は、本件建物につき、民事執行法八三条一項にいう「権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」に準ずる者として、引渡命令の相手方に該当すると判断される。

2  よつて、原決定は結論において相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却

(裁判長裁判官 篠田省二 裁判官 澤田三知夫 関野杜滋子)

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